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シドニーでの生活編

いざ出発! ~ちょっとうるるん~ の巻き

1997年10月10日以前

建築会社でOLをしていた私は、さんざんストレスを溜めた挙げ句、遂に爆発し5年目の6月に退職。
「どうせ会社を辞めるなら、普通に再就職するんじゃ意味が無い!オーストラリアへ行こう!」
という、単純なようでよく分からない信念に基づき渡豪を決意する。

■ HOW TO ~ビザの申請~
  1. オーストラリア大使館のサイトで申請書の申し込みをする。
  2. 送られてきた申請書に記入し(英語)、パスポート等と一緒にまた送る。
  3. シール型のビザが貼ってあるパスポートが送り返されてくる。

大まかにはこんな感じです。
ただし、申請方法はどんどん変わるので必ず各大使館で確認してください。
大使館へのリンクは「ワーホリ情報ページ」からどうぞ。

申請書が届いた日、渡豪することをお父ちゃんに発表。
反対されるだろうと覚悟してたにもかかわらず、「それも良い経験」とあっさりOKが出て、拍子抜する。
とにかく許可が下りたので、早速申請し、着々と準備が進んで行くのでした。

■ HOW TO ~親の説得~

これは当然家庭ごとに違うとは思います。
だからHOW TOと言うより、皆も苦労したよ、という話です。
我が家の場合、上でも触れているように、あっさりOKが出ましたが、あれは父の、「どーせすぐ音を上げて帰ってくるだろう」という考えがあったからの様です^^;)
その期待(?)を裏切り、滞在2ヶ月を過ぎても帰らない私は、「もう帰ってきたら?」攻撃にあったのでした。
最初、すぐ帰るふりをするのも一つの手!?
女の子の場合特に、反対される親御さんが多いようです。当然ですけれど。

  1. ワーキングホリデー制度についてきちんと説明する。
  2. 他の国に比べれば治安が良い方だという事を主張する。
  3. 到着後すぐに泊まる宿等を見つけておく。(これは大きなポイントです!)
  4. とにかく行きたいんだぁ!っと向上心とやる気をアピールする。

私の友達はこうして納得してもらったようです。
反対するのは親心から。時間をかけて納得してもらって下さい。(^^)

航空券とホームステイ先と語学学校を決めるため、資料集めを始める。
ちなみに、私が渡豪したのは1997年、パソコンなど持っていなかったので、紙の情報に頼るしかありませんでした。
今ではネット上で何でも調べられるので、沢山の情報を手に入れられる事でしょう…。

■ HOW TO ~各種手配~
  1. パスポート申請
  2. 航空券の手配
  3. 海外旅行障害保険の申し込み
  4. オーストラリアドルの用意
  5. 宿泊先を決める
  6. (行く人は)語学学校
  7. (やりたい人は)ホームステイ先

1~3は出発前にしないといけないけれど、それ以外は現地に着いてからでも、大丈夫といえば大丈夫。
ただ、前にも言ったように、女の子は先に5もやっといた方が安心感があります。
6に関しては、現地に付いてから探す事をオススメします!日本の学校と同じような勉強の仕方のところも多いし、日本で申し込んだ方が高い傾向のようですし。
自分の目で確かめないとわからないですからね。(私は日本で申し込んで失敗しました^^;)

6もまた当たりはずれのあるものですから、現地で探せば完璧とは行きませんが、現地で学校を決めて、そこでやってもらうのが確実なように思います。

3のお金は、私はANZ(オーストラリアニュージーランド銀行)の現地の口座を、日本で作ったので、とても便利でした。カードもあるし、24時間ATMが使えるのは良い!
他に当座の資金を現金とトラベラーズチェックで持っていきました。

ここまでで私は40万はかかりました。(航空券12万、学校とホームステイ2ヶ月で30万)
それ以外に銀行に50万振り込んでおいたので、トータル100万近いお金が必要でした。

尚、パスポートの申請や航空券などは「ワーホリ情報ページ」からどうぞ。

私の場合は、ホームステイ先まで全部決めておいたので、安心感はありました。
ただし、現地で結構後悔しましたけどね…。

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1997年10月10日当日

ホームステイ先に葉書を出したり、お土産を買ったり、荷造りをしたり。
あっという間に、出発の日がやってきました。
はっきり言って、自分で決めたとはいえ結構行きたくなくなっていた私は、 前日、嫌で仕方ありませんでした。親や友達が「口で言ってるだけで、絶対行かない」と バカにしていたから、当日は意地で空港まで行きました。
大金払い込んでありますしね…

当日はお父ちゃんが仕事を休んで、母と3人、車に乗って空港へ向かいました。
渋滞すると大変だからと、埼玉からなのに7時間くらい前に出発したのでした…。

しかし、当然といえば当然の結果、私たちは時間を持て余していました。
渋滞どころか、すーいすいと都心を抜けて、出発まで6時間弱、たいした物もない空港で ぼんやりする親子。
それぞれ、ソファーでうつらうつらとするうちに、緊張感も どこかへ吹き飛んだかのように思えましたが、出発の時間が近づくにつれ、 「嫌だよぉ」という気持ちが強まっていったのでした…。

遂に出発の時間になり、出国ゲートに向かいながら一度振り返って手をふった後、母の 「気を付けてね」の言葉に、だーっと涙が溢れてきて、背中を向けたままゲートをくぐって しまいました…。
飛行機に乗ってからも「何でこんなこと決めたんだ、私は!」と後悔しっぱなし^^;)

この時はまだ、楽しい事がたくさん待っていることを知らない、うるるんな私でした。
その「楽しい事」は、次の巻きでご紹介!!

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